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最近の話

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こんにちは、こんばんは。 色々なことを変えたり、終わらせたりしながら、今この場所でブログを書いています。帰国して1年経ちましたが、1年前とも、数か月前とも、常に違う景色を見ている気がします。 ブログを読み返すとやはり、以前の自分が何を考えていたか思い出すことができておもしろいです。今回も、今の時点で思っていること、変わったと思っていること、忘備録として書いておきたいと思います。 オンライン上での立ち振る舞いについて 発信、頑張るのを辞めました。 頑張って発信することをほとんど辞めました。 また頑張りたいです。ただし、いつか頑張る、と思ってるので、一生頑張らないかもしれません。 オンラインサロンは、唐突に閲覧専門になってしまいました。 色々な思うことがあり、入っているけど殆ど見ない、幽霊みたいな感じになりました。任されていた作業も、手を止めてしまいました。 無責任ながら、こうすることで、自分自身の心のざわめきはかなり減ったように感じます。 潔くオンラインサロン自体を退会すればいいのですが、できていません。というのも、サロンにいれば前向きな影響をもらえることもまた知っているからです。またいつか、前向きさのおこぼれをもらえるように、今もまだ在籍しています。中途半端です。 そうそう、Twitterも。10月初旬からおよそ1か月 Twitterのアカウントを凍結させて、限られた友人とやりとりをするだけにしていました。その間、驚くほど心が穏やかになりました。次から次に流れてくる情報を追うのは、思っているよりも疲れるみたいです。 Twitterは連絡手段としてもよく使うので、アカウントを完全に消すことはできないのですが、今も以前と比べれば見る時間は確実に減っています。この調子でいきたいです。 物書きのお仕事について やれることはなんでもやろうと、やれる限りの案件すべてに提案をして、通ったすべてのお仕事を引き受けておりました。 そうしていただいたお仕事にも少しずつキリをつけ、1件のお仕事を除き、年度の変わり目を境に全てのお仕事の継続をお断りしました。 最後まで残った1件のお仕事は、年度が変わった後も、長らく伸ばし伸ばしになっていました。数か月越しでなんとか形にしたところで、案件自体がキャンセルになりました。 これほど時間がかかってしまったことは初めてで、完遂できなかったこと、自己...

3年前からほぼ毎月更新していたブログを、3か月も更新しなかった

4月からほぼフルタイム働き始めて、3か月経ちました。文章のお仕事はもうほとんどやっていませんが、休日はこの期に及んで終わっていない案件に取り組んだりしています。 楽器を演奏しなくても平気になってきました。こうやってあきらめを静かに受け入れていくことが大人になっていくということなのかな……なんて、ゆっくりと納得していきそうです。そんな自分が嫌すぎる。 サラリーマンのロールプレイングをしているような日々の生活、泣きたくなるような場面は主に3つあります。最寄り駅で吐き気を催すような人の波を泳ぐとき、会社のデスクに向かいながら集中力が切れたとき、会社から家に帰る道を歩いているとき。ふいに泣きそうになって、我に返ります。 仕事は楽しくて、やりがいがあって、それがとても恐ろしいです。昔はもっと、仕事というものは嫌で嫌で仕方がないものだと思っていました。成果が出て、お金がもらえて、生きていける。病みつきになって思わず残業しちゃう人がいるのも納得です。 ブログを更新しなかった3か月の間、恥ずかしいからブログまるごと消してやろうかと何度も思いました。今、ぱらぱらと読み返しました。消せませんでした。数か月前、数年前の自分が、ちゃんと生きていたという報せを、しっかり受け取っているかのような体験でした。 しかしながら「これは書いていたらヤバイだろう」という内容もありそうなので、間引きしつつ、ほどよい感じに保っていきたいです。 明日も明後日も、普通に働いて普通に死んでいくのかな。 今はまだそれを嫌だと思えるだけの力は残っています。おやすみなさい。

終わる

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毎年誕生日にブログを更新しているのでなにか書こうと思って書いているけれど、内容のない雑記みたいなものしか書けないので期待しないでほしい。散文です。 年々誕生日に対する感覚は変わってきている。 10歳くらいの頃は歳をとりたくない大人をたくさん見てきたから、自分もそうなるんだろうと思っていた。だんだん、歳を重ねるにつれて美しさが増していくような人になりたいと思うようになった。 それから今、周りの人たちが自分をアラサーだと自虐しているのを見て「アラウンドではなくちゃんと数えなさいよ、その年は一回しかないんですよ」などと思うなどする、よくわからない感じになってしまった。 26歳になって、若いとも老けたとも思わず、ただ数字が一つ増えた、そういう認識でぼんやりしている。 26歳、日本国内のコンサートは若年料金で入れない年齢になった。 18禁を飛び越えるより、20歳でアルコール解禁になるより、コンサートの料金設定にあるU25に当てはまらなくなったことのほうが、確実に大きな何かを跨いでしまった。お酒もエロも当時はそれほど興味がなかったのでそりゃそうなのだけど。 不思議なことに、学生という身分を手放して、学生料金を使えなくなったことに対してはそれほどいろいろ思わなかった。むしろ誇りに思う。やっと学生という身分から解放されて、一人の人間として認められているような、そんなふうに思えるのだ。大人になっていくってなかなかうれしいことだ。むしろこんなに長い間こどもの気分でやっていたのか、自分は。 *** 26歳の誕生日プレゼント、自分へのプレゼントはキーボードになりそうです。1000円もしないキーボード、しばらくはよろしくたのみます。 26年目の人生は、文字を書くことにもう少し重きを置いて過ごします。こういう散文も楽しんでいきたいです。 あと感謝。感謝。生きていることが素晴らしい。26年もよく生きた。途中で自殺とかしなかったし、大きな事故や事件に巻き込まれることはなかった。助けてくれる方がいて、理解してくれる方がいて。とても運がいい26年間でした。ありがとうございます。 これからのことはわからないけど、病気だって事故だって事件だって、避けようはないので来たら受け入れる……だけの強い人になりたい。です。 ***  朝起きて思ったことがある...

日記

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明日フランスを離れる。 考えるべきことが大量にあって頭が全く追いついていない。 今ここにある荷物どうしよう?を考えなければいけないのに、これからどうしよう?が頭をよぎる。邪魔だ……。 3年もいたけど友達が全然いなかった、という事実にいちいち消耗する。 フランス3年もいて近々帰るけど、改めて会っておきたいような友達が殆どいない。友達が全然いないから演奏会ばかり行けたんだな、なんてしみじみ思う。 でも、ひとりで演奏会ばかり行けたから、誰かとの共通の話題を作ることが出来たし、知識は深まったわけで。これがなかったらそれこそ孤立してたな — オーノサエ (@sae_ono) October 25, 2019 出会いはあったのだからもっと社交的になるべきだった、なんていちいち思う。そうしなかった、できなかった、したくなかったのは自分なのにな……。  (なおこの葛藤は、かつてのクラスメイトと一緒にごはんを食べに行ったことで若干解消された) 誘われていた本番が国籍の関係で出られなくなったので、楽器だけ貸してた友達たちから、ごはんをおごってもらうなど。 ごはんのあとは、アドルフサックスさんとベルリオーズ先生のお墓に寄ってきた。 またいつか必ず、今度こそはお互いの国で一緒にやろうねと約束して、お別れ。さみしくなるなあ。 pic.twitter.com/37ODCN026c — オーノサエ (@sae_ono) October 30, 2019 いい職場にありつけるかどうかは運だけど、運よくいい職場にありつけてしまったアルバイトのことも、頭によぎる。 接客中に手は震えるし、言葉は詰まるし、明らかに向いていなかったけど、向いていないことでもコツコツやっていけば楽しくなるし、面と向かって言われなくてもちょっと頼りにされていることは伝わってくる。面と向かって言われたこともあった。うれしかったけど、さみしくなった。 それもまた、きちんと仕事ができるように育ててくれた、いい上司に恵まれたからにすぎないのだけど。いい職場にありつけて、楽しく働かせてもらって、とてもありがたかった。 バイトしてたとき、上司たちから 「一時帰国にしなよ!」などと言ってもらっていたのを思い出している。苦手だった仕事で頼りにされ始めたことは...

切り離す、切り離す

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日記です。ただの日記です。ただの日記です。 気持ち悪がられる(だろう)から普段は意識して言わないようにしているのですが、 ラーメンズにはまり始めて以来 、ラーメンズのコントの動画を観ています。音楽の代わりと言わんばかりに。 音楽を聴く時間は激減。意識があるときはだいたいラーメンズのコントのことを考えています。 眠れない夜も似たようなことを考えています。暇があれば小林さんの本を読んでいるし、Amazonのカートは公演のDVDとか、そういう類のものでいっぱいです。 先週末にちょっとDVDを注文して、今日いろいろ届きました。さっそく2本、観ました。 一気に注文してしたからといって、同時に観れるわけでもないし、ゆっくり買っていくつもりです。一か月に1本とかでもいいでしょう。楽しみはとっておきたいのです。 一辺倒になると「自分」から個性も何もかも消えて「ただのマニア」になってしまうので、他のものにもなるべく触れたいです。演劇だとか。本だとか、マンガだとか。 コントだとか演劇だとか、そういうのは純粋に楽しめていいです。わたしにとって、音楽はそうはいかないのです。 他の芸術と同じように、音楽だってもっと自分の身体から切り離して楽しみたいものです。もちろん好きですし、楽しんで触れています。でも、ついつい自分に当てはめて、考えたり落ち込んだりしてしまうことも、多いのです。 純粋に楽しめなくて、なにが、わかるのでしょうか。理論上の理由をもって、感動を評価するのでしょうか。違うでしょう。わたしよ。違うでしょう。 *** 日本にいるとき、外出先では殆どスマホを見ません。 意識的に見ていないのではありません。通信業者と契約していないから、見ないのです。 一応フランスで契約しているものは使えるのですが、高額になったことがあるので使わないようにしています。 家にいるときは本を読んだり、動画を観たりしているので、スマホを見ない。外に出てもスマホを見ない。……となると、スマホを見るタイミングが、ない。 誰の近況や煽りに耳を傾けることもなく、ただ自分の欲に従って過ごす時間の、心地よきこと。 本読んで動画を観て、(サックス以外の)練習をして、ウンウン唸っている自分。わたしはこいつのことが、結構好きなのだと、気が付きました。 SNSにかじりつ...

サティの家に行った

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この前の日曜日。 フランスのノルマンディー地方、オンフルールまで行きました。 海辺のちいさな町です。 この旅の目的は、サティの家に行くこと。 作曲家の住んだ家は、その人の私物などを展示するための、博物館になっていることが多いです。もちろん、何にもなっていない場所もあります。サティが住んでいたパリのモンマルトルの家も、プレートが出ているだけで中に入ることはできません。 オンフルールのサティの生家は、ちゃんと中に入れます。 でも、ここは博物館とは違いました。 いうなれば。ここはサティの人となりを表現するための、インスタレーション。 ヘッドホンでサティの書いた曲を聴きながら、家の中を歩き回る。 サティの作品や逸話にちなんだ展示が、次々と来館者を迎える。 ここは、彼の芸術を展示するための場所。 そんな場所があったということ、彼の芸術を表現するために尽くした人たちがいること。 わたしはそれが、泣くほどうれしかったのでした。 サティの暮らしたパリにいても、サティを感じることは少ないです。 そもそもサティの曲が演奏される機会は、多くないのです。 (一番サティを感じたのは、 ニュイブランシュでのサティのピアノ曲全曲演奏の演奏会 でした。あれは大変クレイジーでした……) フランスでのサティの立ち位置は「聞き心地のよい易しい曲」というあたりなんだろうな、と思いました。 フランス音楽にとって重要な存在であっても、一人で取り上げるほどでもない、とでも言いたげな。日本でもそうであるように。 うーん、まあ、そうですよね。 ピアニストさんが必ず通るような曲もないし、交響曲も書いていない。 それでも。 わたしはサティが好きなのです。 自由で、ちょっぴり前衛的な精神を持っている、サティが好きなのです。 彼の音楽が、文章が、生き方が、わたしは大好きなのです、 サティの家は、サティの哲学を、しっかりと感じられる場所でした。 うまく汲み取って、そっと切り取って展示したような場所でした。 それがとてもうれしかったです。 サティという存在を、こんなふうに表現しようとしている人がいるのです。 フランスの端っこではこんなふうに尊重されて、愛されているのです。 こうして受け継がれていくのです、彼の生み出したもの...

フランス生まれの完全食 Feed.を試しています

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Feed.というフランス生まれの完全食を試しています。 (詳しい説明、日本語の記事があったのでそちらを) お湯を足すだけ。「1食分」栄養チャージできるスープ どこで買える? スーパーでも、ネットでも。 フランスのスーパーでは、普通に売られているのをよく見かけます。 わたしが行ったスーパーではBIO(オーガニック食品)のコーナーに置いてありました。 わたしが買ったのはFeed.SPORTというもの。4回分の粉が入った袋です。値段は22€。賞味期限が近かったので割り引きで買えました…。 同じものを 公式サイト で買うと18.50€です。 ただし、ヨーロッパにしか配送していない様子。 種類はいろいろあって、1回分がボトルに入っているやつもあります。 お菓子みたいなのもあって、種類いろいろあるみたいです。 実際に1袋分4回飲んでみて思ったこと  【感想】 ①水600ml、水分量多すぎて一気に飲んで気持ち悪くなった ②用意した入れ物が小さく二回に分けなければならなかった ③うまく混ぜられず粉が残った ④味は好き 【対策】 ①少しずつ摂取する ②大きい水筒を使う (公式サイトから買うと専用シェイカーもらえるみたいです。欲しい) ③頑張る — オーノサエ (@sae_ono) 2019年4月25日   量が多い 600mlの水に170gの粉を溶かすので、相当な量です。 そしてそれを飲む。量が多すぎて気持ち悪くなるなど……。 作るのが大変 粉を溶かすのが大変です。なかなか溶けないです。 それから、シェイカーを持っていないのもまた、大変です。 水筒で作っています。うまく粉を入れられないし、洗いにくいし。専用のシェイカーを注文しようと思います……。 食べた気がしないのに、おなかはいっぱい。 かまないので。飲むので。一気に飲んでしまう。変な感じです。 味はおいしい きなこ的な感じです。わたしは好きです。苦手な人もいそうです。 栄養成分表示 わたしのかったFeed.SPORTの場合、 エネルギー692kcal 脂肪24.0g 炭水化物58.8g 食物繊維15.6g プロテイン50.2g 塩分1.7g だそうです。なんかピンとこないんですが。 摂取するべき量の何%が含まれているかも書いてあ...

戦うこと、戦わないこと

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戦わなければ!と思うと疲れる。 でも、戦わなければ!と思っているときに武器を降ろすのはすごく不安だ。戦わないという選択肢が見えない。それは負けなんじゃないかと思う。わたしはわたしのフィールドで戦っていいんだ、というのを、もっと思い知りたい、わたしはわたしのフィールドを作る。わたしは、わたしが、 わたしが、わたしが、わたしばっかりでうんざりしてもいる。 みんなと比べると自分が劣って見える。比べなければいいのに比べてしまう。そういう自分もなんか本当に恥ずかしいな、本当に嫌だ。おやすみなさい。

過去、過去、過去、過去、自己紹介

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自己紹介を書こうとしていました。 書いてみると、人生いろいろなことがありました。そのどの出来事も、誰かに説明するほど意味のあるものだとは思えません。もうなんでもいいよ。自己紹介書くより練習している曲の録音をちゃんと聴くほうが何十倍も大事だよ。 最近、過去より未来!過去より未来!って思ってるけど、どーーーーーしてもやっぱり過去に縛られているような気がしてなりません。 ポートフォリオを作るときも過去。そりゃそうだよな。プロフィールとして書く文章の、経歴だって、過去。そりゃそうだよな。 もう過去ばっかじゃん。過去がわたしを作っているのか。それはそうなんだけど、そうじゃないんだよな。 見える部分で出来ているんじゃなくて、見えない部分がわたしを作っているというか。過去は見せびらかすものではなくて、皮膚の下にある贅肉とか筋肉とかと同じだと思いたいところあり。 筋肉が好きだとしてもそればかり見せてるわけじゃないでしょう。 生身の人間だから、今の姿を、肯定したいんですけど。 今の姿がちょっとみすぼらしいから、過去に走ってしまうのかな。かなしいやつですよ。 夕焼けがきれいだったから写真を撮った。写真はどれほどきれいでも全部過去。

お客さんが多い

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母と叔母さんたちが遊びに来ています。今夜はみなさんを連れてご飯に。 お店の方、とても感じがよかったです。帰り際にはわたしの拙い仏語を褒めてくださり、「フランスの伝統だから」と言って、女性全員にお花をいただきました。 バラを片手に電車に乗るのは恥ずかしいです。でも、うれしいですね… pic.twitter.com/XriBLGG0gI — オーノサエ (@sae_ono) 2019年4月2日 先週(先々週?)は、師匠と弟子の皆さんがパリにいらっしゃった。今週は母が来た。2月末には友人も来ていたりした。お客さんが多い。あちこち案内できたらいいんだけどあんまりできていない。みなさんだいたいパリに感動しているので、会うとよくわからない感じになる。よくわかっていないのはわたしの頭の中だけなのだけど。 というか母はパリに来すぎでは。こんなに親が来ている留学生、他に見たことがない。着る服なんてとっくに自分で選ぶようになったのに、日本で買って持ってきてくれた。いつまでたってもわたしはこどもなんだなと思う。わたしはいつになったら大人になれるのか、

冬夏時差ボケがつらい

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ただの独り言です。 まだ19時位だと思ったら21時ぐらいだったみたいなことが多いです。 なので、コンサートに行くのも大変です。なんだなんだこれって感じです。 夕方まだ日が昇っていて明るいと言うのは、いたって当たり前のことなのですよね。だって時間をずらしているのですから。明るいほうに。 朝も何か早いです。早寝を始めたわけじゃないのに。 昨日も今日も5時台に起きています。でも寝るのが1時過ぎなので、これじゃあ全然寝れてないじゃないですか。早く起きられるのはいいことだけど、寝れてないと夕方眠くなるわけで。 とはいえ。 季節が変わっていくのを、今はなんとなくポジティブに捉えられていて、いいです。もっと3月や4月は絶望していました、いたような気がしします。それもこれも先週いろいろ考えを変えるに至ることがあれこれあったからです。こんな気持ちも長持ちしないのでしょうけど、ふわふわ移ろいながらなんとかやっていきたいです、なんとか、

プチフォレパリ公演が終わってしまった。まぶたがおかしくなるほど泣いた

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楽しみにしていたプチフォレのパリ公演が終わってしまってさみしいです。 さみしい。さみしい。さみしい。 プチフォレは、わたしが日本で長年お世話になっていた小森伸二先生と、その門下生によるアンサンブルです。わたしが大学生のころに始まりました。毎年、年度末に演奏会をやるようになり、今年で5回目です。 わたし個人としては、プチフォレには2年離れています。自分が運営をごちゃごちゃかき混ぜていた第2回目以降は全く関わっておらず、もう知らない顔も多いです。だから、受け入れてもらえないかもしれない、なんてことも、ちょっと思っていました。でも、あたたかく受け入れてもらいました。 一曲、飛びぬけて目立つほど重要ではないけれど、欠けてはいけないひとつのパートを任せていただいたことも、とてもうれしかったです。なんとか迷惑をかけずに(と自分では思っているのですけど!!)終われたの、すごいです。すごい! わたしはなんでそんな、あたりまえのことにいちいち感動しているのか。思い返してみれば、フランスに留学してから、いろんな悩みを抱えていたんですよ。 まず、意思疎通のむずかしさ。合わせをしても、どういうふうに合っていないのか、伝えきれなかったです。速いとか遅いとか、そういうことしか言えず。 日本語もすごく苦手でした。根本的な自分の会話の下手さは、フランスに来てより一層思い知りました。ごはんを食べに行っても、どこかで会っても、普通の会話ができないことに悩みました。 本番の回数もすごく少なかったです。学生の頃は1か月に何度も人前で演奏する機会があったのに対し、1か月一度も人前に出ない月も沢山ありました。 たまにある吹奏楽の本番ではバリトンサックスという楽器の特性上、簡単な楽譜ばかり。重要なパートは、まだサックスを初めてそれほど技術が身についていない人がやっていたり。わたしは誰からも必要とされていないんじゃないかと思いました。   だから、今回みたいに。 意思疎通が難しくない、言葉が詰まっても笑いながら待ってくれたりする、そういうひとたちの中にいるのは、とても、心地よかったです。伝えたいことをあっさり伝えられるのも、やりやすかったです。惰性で簡単な曲に取り組むのではなく、難しい曲に果敢に取り組む姿勢も、心地よかったです。 「誰と一緒に、何をやるか」がこんな...

少しは人の役に立ちたい

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日記です。 水曜日に、深津貴之さんのnoteを読んだ。 あなたが真にすべきは、スキルセットに応じた形で「インターネット全体に奉仕すること」だ。 インターネットに、自分の業界に。 そこに貢献するというのは、すごく腑に落ちた。 今までも、フォロワーを増やすノウハウはいろいろ見てきた。でもどれも「やるぞ!ーと意気込んで折れるだけだった。やっているうちに「別にここまでしてフォロワーいる?」と思ってしまった。1日30ツイートとかも、無理だった。 ネットで音楽について探し物をする機会は多い。欲しい情報や、面白い記事にたどり着けたことは何度もある。それは書いた人がいるから、たどり着けたわけで。Google検索だけではたどり着けなかった情報だって、たくさんある。 フランスに来てみないとわからないことは、ないかもしれないけど。 でも、本にしか載っていない情報はある。そういう本は図書館にすらないこともある。 自分が必要だった情報を、自分の言葉に噛み砕いて、インターネットにのせていく。同じように必要としている、誰かのために。 物知りにはなれそうにないと思ってきたけど、やっていくうちに物知りになれるかもしれない。そういう物知りになれたらかっこいいな。かっこいいな……! 最近、ブログが個人的なことを書くメモ帳みたいになっているけど、これでよいです。 noteは書けば誰かのところに飛んでいってくれるから、業界に貢献したい話題はnoteに書くようにします。そういう感じで行きます。

忘れるようにできているから、安心して忘れていい(かもね)

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演奏会からただいま。いい演奏聴いているくせに、だめだめな自分が悲しくなって休憩中にトイレで泣いていました。終わってみたら、いい演奏を聴いても覚えていられないのに、なぜよくないことは覚えているのか…?と思って、けろっとしています。親に送った弱音は送信エラーになっていた模様。よかった — オーノサエ🌧️1/3名古屋 (@sae_ono) 2018年12月17日 演奏会に行って、ふと思いました。 音楽を覚えることってすごく難しいです。 その場で聴いた音は、確実に消えて行きますから。録音できても、録画できてもそれは生の音とはまた別のものです。だいたい長いので、覚えていてもほんの一部分。しかもそれを再現できるか?といったら微妙です。 言葉や感情を覚えておくことは、比較的簡単です。覚えようとして覚えているわけじゃないけれど。 嫌なこと言われたら、忘れられないですし。言葉があれば、何かしらのきっかけがあれば、すぐに怒りを呼び戻すことができますし。 未だに前住んでた家の大家に洗濯の回数多いって怒られたこと、洗濯機使う度に思い出したりするし。 ひどいもんです。 いい気分もまた。旅行したときの写真見たら楽しい気持ちが思い出せたりとか、そういうのもありますよね。 でも、料理は?食事が楽しかったことや、美味しかったことや、盛り付けは思い出せても、味をはっきり思い出して、再現したりすることはできないです。音楽と近いかもしれません。 演奏会から家へ帰る電車の中で、手帳に貼ってある演奏会のチケットを一枚一枚見ていました。思い出せないものが、たくさんありました。悔しい。 最近、自分ダメダメすぎて嫌です。すごく嫌です。嫌なことばかり頭で反芻しています。美味しいものも、いい音楽も、その時間を味わいきれば忘れてしまうのに。なぜ嫌なことばかり覚えているのか。悔しい。 いいことも忘れてしまうなら、嫌なことも忘れていいはずです。嫌なことを思い出して自分を責めると疲れるので、こいつをせき止めたいです。何かしらの方法で。おやすみなさい。

サロンドショコラ行きました。#salonduchocolat2018(ただの日記です)

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サロンドショコラにいきました パリのサロンドショコラに来ています。本日最終日、です。 いろいろなチョコレート屋さんが出店していて、試食とかたくさんさせてもらいました。 かれこれ2時間近くここで遊んでいます。すでに売り切れのお店もあり…!お店の方とお話ししたり、楽しいです。 #salonduchocolat2018 pic.twitter.com/hmr87yhPDw — オーノサエ (@sae_ono) 2018年11月4日 サロンドショコラとは パリで開催されるチョコレートの祭典。いろいろなお菓子屋さんが出展していて、試食をさせてくれるよ!…というのはちゃんとした概要ではないのだけど、主に試食をするために行きました。場所は15区にあるエクスポポルトドヴェルサイユExpo Porte de Versaillesという、大きな展示会場。入場料は15€。ホームページで事前に購入してから会場に行きます。会場でも買えます。  初めてのサロンドショコラ、会場の半分くらいしか回れなかったのですが、楽しみました。 日本のショコラティエさんも、日本人のお客さんもたくさんでした。今年はジャポニズム特集も! いろいろお金出して買ったり食べたりしたので、そういうものについて書かせてください。感想言うまでがイベント☺️ pic.twitter.com/ZQCUVgDiHs — オーノサエ (@sae_ono) 2018年11月4日 わたしは何を買って食べたか 🍫TOKUSHIMA/UMAMI #salonduchocolat2018 お店かと思ったら徳島県での出店のようです。 TOKUHIMA COFFEE WORKSさん @coffee_w の古代米焙煎のお茶と、 みむらさんの阿波音(古代米)味比べセットを買いました☕️🍚🌾 お茶を試飲したらおいしかったので思わず🙌チョコもおまけしていただいてうれしい…! pic.twitter.com/8pLcmpRr5v — オーノサエ (@sae_ono) 2018年11月4日 🍫SAMURAI CHOCOLAT(Chez Shibata×CEMOI) 名古屋ではおなじみの、シェ・シバタです…! ウィスキー×カカオウォーターのカクテルと...

日記

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本日は!本日は! パリ管弦楽団の今季最初のコンサートを聴きにきております☺️ たくさん一気に買ったので、今季自分が行くつもりのパリ管のチケットが全部ここにあります…ノベルティももらいました…!狂気…! 久しぶりにパリ管の音を浴びられてよきでした…ホルンかっこよかった…!しあわせ… pic.twitter.com/l1a1JS0qJc — オーノサエ🎷💮🐧🦊📷 (@sae_ono) 2018年9月12日 パリ管の演奏会でした。久しぶりにすきな音を浴びてしあわせです。今年度はたくさんパリ管を聴きに出掛けたいです。なので、健康的に生きます。 今は演奏会へ足を運ぶことがただの趣味娯楽という感じで、加えてちょっとした意地もあったりして、純粋に音楽を楽しめていないんじゃないかとか、楽しんでいるだけで身になっていないんじゃないかとか、自分で自分を疑って自分が自分の疑いを晴らせないことが、すこし悔しくて、 あわよくばなにか心持ちをもっと純粋なものに変えたいというか、この摂取した生の音や無音を血肉にしたいという気持ちもあり、ただ、そんな、簡単に盗めるものなどここにはないのではないかとか、一度耳に入れたくらいでは消化しきれないだろうとか、ああ、何を言っているのでしょうか、一生こうやってもがくのかもしれません、でもこんなすてきな音に悩まされるならわたしはくだらない思考を量産し続ける脳みそを持っていてよかったです。おやすみなさい。

「音楽は会話」という件

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「音楽は会話」というけれど、本当にそうだと思う。 会話は相手がいて成立する。相手の言っていることに対して自分が返したり、自分の言っていることに対して相手の返答を待ったりする。相手の主張をくみ取らなければ、会話は成立しない。 言葉だけではなく、テンポよく相槌を打つことも、相手の顔を見るといった姿勢もまた大切だ。  先日アビシャイ・コーエン・トリオのライブに足を運んだ。前から知っているアーティストではあったものの、実際に生で演奏を聴くのは初めてだった。 すごいと思ったことは、アビシャイ・コーエン氏の体の中で音楽が完成していること。それぞれの楽器が、音楽を完成させるために上手く役割を果たしていること。 完成する音楽の形をくみ取って、相槌を打つように伴奏を弾く。タイミング良く自分を主張する。お互いに顔を見て、笑ったり動いたりしながら演奏する。会話そのものだった。 わたしは「ドラムがいる編成ではドラムが主導権を握ってしまうものだ」という思い込みを持っていたけれど、その思い込みはこの日崩れた。 ドラムは主張しつつも寄り添っていて、ピアノとベースで作られた音楽を広げることに重きを置いているかのようだった。かっこよかった。 音楽は会話だというけれど、会話を円滑に進めるにもコツややり方がある。 アンサンブルがうまくいかないときはある。そんなときは、会話のどんな要素が足りないのか考えたい。

2年通った課程を修了しました、あと自分の今後の課題

音楽院での2年間の課程が終わりました。 全ての試験が終わったのが6月末なので今更ではありますが、ここにもちゃんと書いておきたいと思い、書いている次第です。 無事、音楽研究資格(DEM,Diplôme d'études musicales)という資格を頂くことができるそうです。なんとか、よかった。 フランスに留学をすると決めた当初、2年で日本に帰国する予定でした。 しかしこの2年目はうつで楽器を吹かなくなってしまった時期が長かったため、どの科目の試験もパスできないだろう思っていました。 自分がパスできない見込みで、資格のためにもう1年期間を延ばす方向に考えていました。終われないと思っていたのに、終わってしまった…。あと一年、今の先生に習いながら、今後のことをゆっくり考えていこうと思っています。 *   今後のこと。 自分が本当にやりたいこと、自分の実力や許容範囲、色々なことを考えるとどんどん落ち込みます。このままなにも達成できず、成長することもできないまま日本に帰ることになるのではないか…とか。 やりたいと思っていること、興味があること、どれもなかなか捨てることができません。現状は中途半端、これも嫌です。どれもそれぞれ大変だということも、知っています。それぞれ重点的になにを磨きたいのか、改めて考える必要があるな、と思います。 * 友人が「さえちゃんは色々なことが出来て器用」と言ってくれました。自分ではどれも一人前に出来ないことをコンプレックスに思っていました。 興味があって手を出していくこと、こう見えてもまだまだ多いです。やってみなければ出来るかどうかはわからないし、続けてみなければ始まらない…ということをすごく思っています。今のわたしは継続の段階。まずは始めたこと、続けていることを褒めていきたいです。(そしてあわよくば、その先へ進みたいです) 非Twitterユーザーな友人が私のTweet一覧を私の目の前で遡って読みながら様々なコメントをしてくれました。読まれて恥ずかしいTweetが8割くらいなので、8割恥ずかしかったです。 でもこれ↓とか見て「さえちゃん色々なこと出来て器用だよね」と言ってくれたのは嬉しかったです、ありがとうございます https://t.co/AzTcKU477d — オーノサエ💮 (@s...

(おおかた)元気です

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月曜日!引き続き、やり過ごしただけでえらい曜日です! 朝ご飯食べたからえらい!食器も洗ったからえらい!薬も飲んだし水分も摂ってえらい!シャワー浴びて髪乾かしてえらい!一日の予定を確認してえらい!たぶん致命的に足りないことも沢山あるけど総合的に150%えらい!でかける!いってきます! — オーノサエ (@sae_ono) 2018年6月11日 あーーーよく頑張った!ダメダメだけどそれに囚われずに大変よく頑張りました!昨日よりも今日のほうが頑張った!この調子でこの後も明日も明後日も頑張りたい — オーノサエ (@sae_ono) 2018年6月11日 能力主義だか実力主義だかなんだか知らないけど、今日わたしが頑張っていることは変わらないしなんとか生きているから偉いことは間違いないです!!ありがとうございます!! ついでに偉いことに理由なんていらないし、わたしだけじゃなくてみんな偉いです!たいへんよくできました!!💮💮💮💮💮💮 — オーノサエ (@sae_ono) 2018年6月11日 重大なミスをしでかして直ちに修正しなければならないことをに気が付いて嫌悪感でぐるぐる巻きになっても、そこに気が付くことができた自分は褒めなければならぬ!!えらい!!えらいよ!!!!気が付いたことがえらい!!ほんの一歩だけでも前に進んでいることがえらいし続けていることはえらい!!! — オーノサエ (@sae_ono) 2018年6月12日 感情は正負一直線の横並びで価値が決まるものではなく、それぞれが立体的に存在していて、それぞれが独立した価値を持って、それぞれが影響し合っていて、それぞれに必要があって生まれてきて、どれかひとつを消すこともできないし、難しくて、雑多で、複雑で、だから美しいのではないでしょうか、 — オーノサエ (@sae_ono) 2018年6月12日 「えらい!!すごい!!よくやった!!頑張った!!」みたいなことを言っていると、負の感情を押し殺しているみたいな違和感もあるのですが、そうじゃなくて。負の感情も正の感情と同じように、抱いたことを肯定していい感情で、何処かに隠してなかったことにする必要は全くないのでは?という話です… — オーノサエ (@sae_ono) 2018年6月1...

眠くてもなんとかやっていく

毎日やろうと思っていたことをやらないと、どんどん億劫になる法則、なんなんでしょうね。継続は力なりというけれど、継続することがそもそも大変で、これだけ大変なことをやっていれば力はつくだろう、そりゃそうだ、とか思ったりしています。 なんでそんなことを思うのかというと、そういえばブログをだいぶ書かなくなってしまった、と思ったからです。別に誰も見てないし、誰の役に立つことも書いてないし、かっこよくもなければおもしろくもないし、あーあ、って思いながら。また書いていきます。書いていきます。 そうそう、最近は配信をちゃんとまいにちやっています。 オーガナイザーさんのほうでデータを見られるようになったので、データを参考にしつつやっています。やはり可視化はやる気につながるのだと実感しました。 可視化は良い、と思って、以前なんだか飽き飽きして消してしまったStudyPlusのアプリももう一度インストールしました。 「まいにちやらなければ!!!!やらなければならない!!」 みたいな、狂気じみた感じではなくて、 「あ、今日まだやってないな…やっとこ~」 みたいな、ゆるい感じでいきたいものです。 最近とあるアイドルをプロデュースするゲームをやって、あれ本当に、よくできていますよね。毎日やるべきことや目標が示されていて、それをこなすことでアイテムをゲットできて、それに沿ってやっていくと少しずつ進歩するという。よくできていますよね。本当によくできています。すごいです。日常もそういう風でありたいです。 ただ最近ちょっと億劫になってしまってログインできていないのですが。あんなに楽しいのに。なんなんですかね。どうして億劫になるんでしょうね。 しかしながらできないことに一喜一憂しているとまたメンタルがだめだめになってしまうので、やれてもやれなくてもなんとか生きていくのみです。おやすみなさい。