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人生は「瞬間集中」の積み重ね /茂木健一郎著「膨大な仕事を一瞬でさばく 瞬間集中脳」を読みました。

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茂木健一郎さんの「瞬間集中脳」、今月頭にKindle Unlimitedで読みました。 かなり噛み砕いてある内容で読みやすかったです。 #瞬間集中脳 読み終わった! 目の前に集中できる人は、やりたいことをいくつも持っている人だとか。やりたいことがたくさんあるからこそ、この一瞬はこれだけに集中できる。別のことは別の一瞬で集中する。集中するためには命令ではなく、自分で決めてやる。 人生は瞬間集中の繰り返しでできている…🤔 — オーノサエ🎷 (@biiibibi3jpn) 2018年1月4日 本はもう返してしまったけど、自分のために、まとめておこうと思う。 脳と集中力 集中力は必ずしも長時間続かなければいけないものではなく、少しの時間でよいのだと。というのも、脳はもともと少しの時間しか集中できない、という特性があるから。 飽きっぽいことも、脳が新しいことを好むという特性であって、まったく悪いことではないとのこと。長時間集中できないことは普通のこと。次から次に新しいことに集中して取り組むことのほうが、脳は楽しめる。 それが、瞬間集中、だそうです。その瞬間、短時間で集中して取り組む、ということです。どうやらそれが本来の集中力の在りかたのよう。 集中の質を高めるもの 自分への高い要求水準と、自分のスキルに合った課題 瞬間集中が得意で、いつでもフローに入れる人には、ある共通点があります。 それは「要求水準が高い」ということです。  同じ100mを走るとしても、「校内で優勝できればいい」という人と「インターハイに出場したい」という人では、脳にかかる負荷は当然違ってきます。(中略)そしてもちろん、脳にかかる負荷が大きいほど、その人は高い成果を出せるし、大きく成長できます。ここで大事なのは、要求水準を決めるのは自分だということです。(No.955) そして、その掲げた目標に対して、課題を見つける。 その課題は自分のスキルに合わないレベルの高すぎるものであると、人は退屈してしまう。なので、課題と自分のスキルが一致していることが重要。 しかし、スキルに対して課題のレベルを下げ過ぎることもよくない。「簡単だから明日までにやればいいや」ではなく、どんどん前倒しでやるつもりで取り組む。 たくさんの「やりたいこと」をみつけ...

アンテナを張って、新しいものに挑戦する。堀江貴文著「なんでお店が儲からないのかを僕が解決する」を読みました

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堀江貴文さんの「なんでお店が儲からないのかを僕が解決する」を読みました。 多動力を以前読んだので、同じことの繰り返しだと思う部分が殆どです。ですが、この本は、堀江さんが良い食体験を求めているからこそ、美味しいものが好きだからこそ、お店をどんどん良くあってほしいという願いや想いが込められています。なので、おもしろいです。 飲食店についての話ですか、他の仕事でも自分の立場に置き換えて考えられる部分も多い、ような気がします。 食べ歩きで学ぶ 経験を得て、なにか閃いたら、次は作ってみる 。その技術は、コツコツ修業してきた腕の見せどころじゃないか。材料や技術の面でわからないことが出てきても、インタ ーネットで検索すれば解決策やヒントが見つかるはずだ。クックパッド、 YouTubeはもちろんのこと、 FacebookやTwitterの投稿がきっとヒントをくれる(やはり、そこで無料ですぐに得られる情報のために10年以上皿を洗うのはどう考えてもバカバカしい)。 お客さんにまた来たいと思ってもらうためには、同じ味を守るお店より、個性的なメニューや、新しいメニューが食べられるお店であるほうがいい。 そういったものをを作るには、自分で食べ歩いて、そこから閃きを得ればいい、とのこと。そして、閃いたものを自分の店のメニューにするために、培った技術がある。わからないことは、調べればいい。 寿司屋の修行不要論を唱える堀江さんらしい主張です。創意工夫するためには自分から積極的に学んでいく必要があるし、変なプライドも捨てなければいけない。 しかし、こういうことができない時代には、長い年月を掛けた修行が必要とされたのでしょう。それができる時代だからこそ。アンテナを張ってインプットして、アウトプットするというやり方も、ありなんですね。 「高くても買ってもらえるもの」を考える 「安い値段で料理を出して、お客さんによろこんでもらいたい」と言うけれど、誰かが犠牲になってまで安い料理を出すのは不健全じゃないか?そうでなくても「安さで勝負」はどこかに必ずしわ寄せが来る考え方で、とてもリスキーだ。(中略)高くても買ってもらえる、食べてもらえるものを考えるのが先決だろう。(No.282~) 低賃金、長時間で働きたい人なんていない。だったら給料を上げるべきだけど、給料を...

自分のちからで仕事を進める。箕輪厚介著「書籍編集者を目指すあなたが読むべき本」を読みました。

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箕輪厚介さんの「書籍編集者を目指すあなたが読むべき本」を読みました。イケダハヤトさんのウェブマガジンでの連載を、電子書籍としてまとめられたものです。 編集者さんの仕事がどういうものかよくわかっていなかったのですが、著者を見つけるところから仕事が始まっているのですね…! 環境に負ける 周りはアナタに「凡人」のレッテルを貼りたがります。アナタがどれだけすばらしい才能を持っていても、新人である以上、周りはあなたを過小評価したがります。「しょせん 、あいつは新人だからね 」と。その結果、アナタは次第に「あぁ、俺ってこんなもんなのか……」と周りからの評価を受け入れ、成長を停止させます。ああ、悲しいことに、人間は環境に負ける生き物なのです!(No.186) 新人だからこそ、大きく当てていかなければならない、と思わせる文章。 ここを読んで思ったのは、上に立つ人はそうやって才能の芽を潰しがちだということ。自分も、自分の周りでも、そうやって新しい人を負かす環境を作りがち、ということ。これは新人編集者の場合ですが、転じて自分が新人を受け入れる立場になったときに気を付けたい…。 現実を見せるのも必要かもしれないけれど、知らないからこそ現実を変えていける可能性も持っているのにね。 階段は上から降りる 長期的に見ると、階段を下から上る場合、「毎号、前回よりも大物を口説く 」というエネルギ ーがかかるのです。しかし、最初に上に喰い込んでしまえば、あとは階段を下りるだけです。エネルギーを費やすべきは最初。これが大切です。(No.215) 下から登っていくのではなく、まず上を狙う。 真ん中にあたる人は、あちらこちらから引っ張り凧だけれど、その下と上は意外と空きがある。だから意外と誰も声をかけないような、トップの人に声をかけるという戦略。 雑誌の企画で、最初にその業界のトップに立つ人と一緒に仕事ができたなら、その業界みんなの憧れの雑誌になれる。そして、その憧れをつくる要素はいろいろある。 ツテは使わない どんな大物を担当しても、先輩のツテで出会ってしまったら意味がありません。どんな良い仕事をしても、それは先輩の仕事です。ゼロから、人知れず動いて、誰の力も借りずにモノにする。そうでなければ、意味がありません。(No.250) ツテが大事だ、...

結局のところ、自分が幸せかどうかが大事。香山リカ「比べずにはいられない症候群」を読みました。

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香山リカさんの「比べずにはいられない症候群」を読みました。 日常で出会うさまざまな場面について、香山さん自身の体験や、臨床の現場での例を用いながら。他人を過度にうやらまずに過ごすための、ちょっとした視点の変え方が載っています。 なぜ比べあいをしてしまうのか? 比べあいは誰でもしてしまうもので、案外単純な法則性があります。 ① 常に自分より恵まれている人、幸せな人と比べる ② 自分も恵まているかも、幸せかも、ということは目に入らない ③ 相手は「幸せに見える」というだけで、本当は違うかもしれないなどとは考えられなくなる ④ 自分がいまの生活に満足していても、「あの人のほうが上」という相手が見つかるとすぐに比べあいをしてしまう (No.127-131) 誰かと比べて自分が幸せか? 世間的に見て自分が幸せか? ということを、必要以上に気にしてしまうことが、主な原因。 比べること自体には、あまり意味がないことがわかります。 誰かを超えてもまたまた上の人がいて、比べることに振り回されて、疲れるばかり。何が幸せかという基準はひとそれぞれ。時代によって、国によって、違いがある。人もそれぞれ違うので、自分がどうしたいか、どう幸せになるかは、それぞれ自分が決めていい。 比べた相手が幸せかどうかは別で、そもそも、自分が持っているものも良いものだったりする。自分の頭で考えて、自分の在りかたを決めていきたいものです。 自信がない、もまた長所。 本当は「自信がない=欠点」というのはおかしなことです。自分に自信が持てない人は、その分、他人にやさしくできたり弱い人に共感する力を持てたりするはず。ゆっくり慎重に進むことで、誰もが先を急ぐ世の中の調整役にもなります。 (No.1570-1572) しかし、いまの社会が「さあ、あなたも自信を持ちなさい」とせまってくるわけですから、自信のない人はなんとか対策を打たなければなりません。そういう人は、まず「どうして自分に自信がないか」とノートなどに書き出してみてはどうでしょう。 「貯金がないから」「スタイルがいまひとつだから」「英語が話せないから」「婚活がうまくいかないから」「家族と仲よくできないから」「家の掃除ができないから」など具体的にいくつかの理由が見えてくると思いますが、その多くは「ひ...

やみくもに悲観するのではなく、努力を続ける。工夫をする。はあちゅう著「半径5メートルの野望」を読みました

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はあちゅうさん、Twitterをフォローしてみたり、 読み放題でもちょっと読んだり していたので、気になっていた人です。たまたまkindle版がセールになってたので、さっと買って読みました。 こうやって、誰かの考えを事細かに書いてある本は、面白いです。考え方をすこし、覗き見しているみたいで。 はあちゅうさんが野望をかなえるために、得たこと、くじけたときに立ち直る工夫などが書かれています。 はあちゅうさんがこの本を絶賛している人のツイートをたくさんReTweetしているけれど、絶賛する人が多いのも納得です。いろいろなことが書いてあるけれど、特に心に留まった部分を。 感情は着火剤 行動を分解すると、「感情」と「作業」の二つから成り立っています。「これをやろう」という一握りの前向きな感情と、特に才能のいらない単純な作業が、「行動」の正体です。(No.454) だから、着火剤になる「感情」だけ長持ちさせることができれば、行動力のある自分に生まれ変わるのは簡単です。そして、その感情をコントロールできる自分になりましょう。(No.458) 自分の感情で行動をさせる。だから、「勇気」「やる気」みたいな直接的なものでなくてもいい。「これいいなあ」「あれいいなあ」という気持ちで、自分に火をくべて、行動にする。そして、何かするのに必要な行動は、案外単純なものばかりだということ。 行きたい場所があったら行けばいいし、 欲しいものがあれば買ったり、作ったりすればいいし、 知りたいことは調べればいいし、 悩んだら相談すればいい。 それだけのこと。 やりたい!と思った感情と、行動をつなぎ合わせてあげればよい。 期待値が高いのに、努力しない。 結局、私は、たまに思いついたように行動して、夢に向かって頑張っている気分になっているだけの、自己満足屋だったのです。人生を絶対に変えてやるという気概もなく、血のにじむような努力もしていなければ、人と違う道を行く勇気もない。そのくせ、たまに頑張ったことの見返りがないだけで、悲劇のヒロインぶっていました。「そうだよね、夢ってなかなか叶わないよね」と自分を甘やかしてさえいれば、努力しない自分からは、目をそらしていられます。 「待っていれば、いつか何かドラマチックなことが私の人生に起こるはず」「誰かが私を引...

当たり前なんだけど、毎日トイレ掃除をすると芳香剤とか使わなくてもにおわないんだよね

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生きていると体調が良かったり悪かったり、気分が良かったり悪かったり、いろいろなことがあります。でも、そういうものなんですよね。365日24時間元気いっぱいで過すことはできないんです。当たり前なんですけど。 こういうことの難しいところは、理屈で考えるのはできても、体感としてわかりにくいところです。そういう私も、ここ3日くらい絶好調ではないのですが、まあそういうもんだと割り切れています。少しだけ成長しました。 そういう感じで、好調ではないときには、掃除をすると気が紛れるのでいいです。物理的にもすっきりします。今日はトイレ掃除の話しかしません。あまりおもしろいことは書かないです。 見た目と匂いは別 半年前くらい、週に3回くらいしかトイレ掃除をしなかったときは、芳香スプレーを使っていました。その頃も見た目は別に汚くなかったのです。でも匂いはしていて、なんでかなあと思っていました。 最近毎日トイレ掃除をしています。そうすると、芳香スプレーを使わなくても全然大丈夫なんです。不思議ですね。 案外自分の目ってあてにならないものです。ずっと使っていると、汚れたことに気が付くことはできるけど、元の状態は思い出せないものなんです。わたしはそうです。 たまった汚れを落とすのは大変です。だから一日一回というか、使うたびにちょっと掃除したり、そういうのが楽な気がします。 重曹スプレーを使う 掃除の方法は、すごく前にこの記事を読んだこの記事を、無意識に参考にしていました。スプレーで濡らして、ペーパーで拭くというだけ。 ■節約手間なし、ピカピカ朝1分のトイレ掃除 [時短生活] All About https://allabout.co.jp/gm/gc/61672/2/ この記事ではスプレーの中は水ですが、わたしは重曹水にしています。深い理由はないです。 水と重曹の量をざっくりはかってよくまぜて、スプレーにして使います。わたしが使っているのは100円ショップの霧吹きヘッドで、ペットボトルにつけて使う霧吹きです。これじゃないけど、こういうものです。 わざわざ霧吹きヘッドを使っていることも、特に深い意味はないです。(ボトルごと買うより、買ってからの持ち運びがしやすそうだったというだけです。) ただ、霧吹きを使うこと自体には、のち...

いい「配慮」ってなんだろう?

ときどき読むようにしている記事があって、その紹介というか、そのことについて。 わたしがこの記事をEvernoteにクリップしたのが2015年なのだけど、この記事自体は2013年の記事だったの、今日まで知らなかった。 ■24時間テレビにナメられてしまっている障害者の現在地 | Plus-handicap https://plus-handicap.com/2013/08/1569/ 障害者の世界はナメられています。「どうせ障害者っていろいろなことができないんだろう」って考えられていると思います。そんなこと思ってないよと言って下さる方もいると思いますが、残念ながらマイノリティ。多くの方々には障害者に対する固定観念が存在しています。私自身、その中に含められるのは、大変遺憾です。 その人が挑戦する可能性を徐々に狭める配慮 専門外なので詳しくはないが、 認知症の方はできることがどんどん狭まっていくけれど、少しでもできることを取り上げていくとできることすらできなくなってしまう、だからできることは時間がかかってもやってもらう、というアプローチの方法がある。 認知症のような症状と障害は広い意味では一括りにできるのかもしれないけれど、たぶん違う。 でも生きていれば誰でも、老いていくにつれて、できないことが増えていく。 障害でも老いでも共通することは、できることに目を向けて、それに対してどうにかすること。 できることを増やす、 できることを維持する、 という、二つの方向性があるはずだ。 障害者という括りに入れられている人の大半はきっと、できることが増えていく立場の人だ。 できることを増やす側の人も、維持する側の人も、周りの配慮で可能性が取り上げられないようにならないといけない。 周りの行き過ぎた配慮はその人のできることの範囲を徐々に削る。 バリアフリーにすることだけがすべてではない。 できることを増やす、維持する配慮があっていい。 ・・・・ 壁にぶつからせない、という配慮を、もうすこし広い目で。 あと、 軽いものも含めた精神的な障害の部分でいえば、 まわりの配慮さえあればうまくやれる、みたいな人は多い。 まわりの適切な配慮を受けるために、病院へ行った...

読書メモ / 上野千鶴子「おひとりさまの老後」を読みました。

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上野千鶴子さんの「おひとりさまの老後」を読みました。2週間くらいかけて読んだ。読むのに時間がかかった…。 この本は、自分のために生きてるか?という問いかけであふれている。 世間一般の常識、子供の都合、介護者の都合、いろいろあるけれどまず自分のための選択をしよう、というスタンス。 どんな方がどのように、ひとりでも老後を生きやすくするか工夫と整備をされているのか、という 世間の動きなんかも書かれているけれど、基本的には心構えみたいなことを盗むつもりで読みました。 読みながらどうまとめたらいいのかわからない個所にハイライトをしていたので、わかりやすい部分を抜き出していきます。 ゴキブリのように身を寄せ合って暮らすことを 、 「さみしくない」のとカンちがいする貧乏性は 、たいがいにしてもらいたい 。高齢者のひとり暮らしを 、「おさみしいでしょうに 」と言うのは 、もうやめにしたほうがよい 。とりわけ 、本人がそのライフスタイルを選んでいる場合には 、まったくよけいなお世話というものだ 。(No.531) 生きやすいかどうかはその人が決める、ということだ。いわゆる幸せの 型にはまっていなくても、それがその人の選んだことだったらそっとしておいてほしい。そういう型にはまることは、勝ち負けの評価も含まれていたりして、上野さんはこの本の中で常々そういう勝ち負けから解放されることを望んでいる。 聾唖のひとたちのためには 、画面上に手話があらわれる通訳ソフトがある 。が 、インタ ーネット上でチャットやメ ールをやりとりしているかぎり、見えない、聞こえない、話せないは 、まったくなんの 〝障害 〟でもない 。パソコンはバリアフリーのコミュニケーションツールなのだ 。(No.1231) 障害者のひとたちが 、こういうカスタムメイドのソフトの開発に一歩も二歩も先んじてくれるおかげで 、わたしたちは 、そっか 、足腰が動かなくなったらあれを使い 、耳が遠くなったり目が見えなくなったらこれを使えばよいのか 、麻痺が起きたらこの手があるし 、声を失ったらああいう手もある … …と 、安心して歳をとることができる 。(No.1234) 障害にかかわらず、やりにくいことをすこしずつ気づいて、直して、変えていくことで、みんなが生きやすくなることなの...

読書メモ / はあちゅうさんの本を読みました。

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Kindle unlimited を漁りながら、はあちゅうさんの本で、読み放題対象になっている本を読みました。 「「まいっか」が夢をダメにする:月間はあちゅう(2017年1月)」 これは、はあちゅうさんのエッセイをまとめた本。日々の細やかな気づきなど綴られています。 内容や口調もいたって普通でありながら、自分はこういうことを見過ごして生きているのかと思うと、はっとする。 「自分らしく過ごせば疲れない」 というコラム。 内容ははあちゅうさんがテレビで見聞きした、旅行を疲れなくするための方法です。 でも、そこから発想を広げて、はあちゅうさんの意見が付け加えられている。見聞きしたことで得るのははただの知識だけではないのだと思い知らされます。 「今日から人生を変えるためのエンジンになる本」 こちらは、さまざまなサイトでのはあちゅうさんの文章の、おいしいところをまとめた本。 はあちゅうさんの視点や心がけていることを覗き見しているような気持ちで読みました。 キラキラした世界って 、実はたいしてキラキラしてないんですよ (笑 ) 。多分眩しく見えるものって 、自分にとってのコンプレックスみたいなものだと思うんです 。全部自分へのブ ーメランなんですよね(No.485) 光と陰みたいなもので、それがキラキラしているかどうかは、誰が見ているかによるのだということ。 でも 、自分に確たる実績がないと 、仲間とは思ってもらえません 。だから 、自分のいる場所で 、自分のやるべきことをやる 。それが 、まわりまわって人を呼んでくれていると思います 。(No.552) 会いたい人や尊敬している人に会うことは、案外簡単。でも、仲間にしてもらえるかどうかは別。 そういう人が自分を仲間にしてくれたら、もっとできることも増えるし、成長もできる。 そのためには、自分が自分の場所でやるべきことをする。実績を作る。 はあちゅうさん、人としてしっかりしているので、わたしもまずそこから変えていこうと思いました。 わたしは最近はあちゅうさんのTwitterをフォローして、いろんな本を書いていらっしゃることを知り、ご著書を読もうと思ったところでした。 文章ひとつひとつが、なんともないよ...

読書メモ / 「嫌われ者たちのリレー式コンテンツ会議」を読みました。

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はあちゅうさん、イケダハヤトさん、箕輪厚介さん、渡辺将基さんによる「嫌われ者たちのリレー式コンテンツ会議」を読みました。(なんとまだ出て間もないのに kindle unlimitedにあった!) みなさんそれぞれ、文章に携わる仕事をされていて、それぞれのフィールドで活躍されている方です。 バリバリに働いているわけではない一学生のわたしとしても、参考になることがたくさんありました。 まず、飲み会についてのはなし。 わたしは飲み会が苦手です。かと言って行かないわけにもいかない、みたいなときに悩んでいたのです。 はあちゅうさんが挙げていた飲み会に対するマイルール、 ● 5人以上の飲み会は行かない ご飯会のコンテンツはご飯ではなく 「話 」だと思っているのでちゃんと相手のことが知れる最大人数って 5 、 6人くらいまでかな 、と 。(No.711) これ! とても頷きました。 大事なのは話なのです。相手から聞いたり自分も口を挟んだりするとき、大人数だとまともに話できないです。 カラオケだとわかりやすいけど、パーティールーム級の大人数でカラオケに行くとき、カラオケ自体は大事ではなく、大人数で大騒ぎすることが目的になっている。 カラオケは時間的にも制限があるし、複数人でお互いに歌うことを楽しめる人数は、せいぜい6人くらいかな? 飲み会自体が悪なのではなく、何を目的として行われるのか、そこで自分が何を得られるのか考えて、行くかどうか決めればいいのです。 イケダハヤトさんもはあちゅうさんも、話したいなランチでいいじゃん!というようなことを言っているので、なんだかありがたい。思ってもなかなか言えないのだ… 今までは飲み会に行くかどうか考えてやめるとき凄まじい罪悪感を持っていたのですが、無理するくらいなら参加しなくてもいいのかな、と軽く考えられるようになりそうです。 それから、箕輪さん、渡辺さんのスランプの乗り越え方もおもしろかったです。   まあ有り得ないけど 、もしそうなったら死ぬほど嬉しいな 、っていうような妄想をして 、実際に思い込みます 。そうすると当たり前ですが 、やる気出ますよね。(No.1528) 箕輪さんのスランプ対策のひと...

読書メモ:イケダハヤトさんの本を読みました②

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ちょっと前ですが、何かを思い悩んで立ち止まっていたので、何か本を読もうと思いイケダハヤトさんの本を2冊読みました。(ちなみに何を悩んでいたのかもう思い出せない…) イケダさん、やっぱりブログでもこれまで読んだ本でも一貫して同じことを書かれているのですが、本として書いてあると読みやすいのでいいです。 読んだのは、「凡人を脱するための10の考え方」と「イケダハヤトはなぜ嫌われるのか?」の2冊です。 完全に悩んでる自分の視点で読んでいるのであれですが、マーカーを引いている部分を紹介します。 まずは「凡人を脱するための10の考え方」から。 論理的であるというのは 、シンプルにいって 、単に 「こじつけがうまいだけ 」なんですよ 。関係のなさそうな 「 A 」と 「 B 」を 、美しくつなげて 、 「 C 」という結論 ・仮説を導き出す 。それが論理的であるということです 。(No.45) 論理的であることをやめようよ、という話の流れから。 なにか理由をつけて考えたくなるものですが、理由なく「なんだこれすごいな!」というものも、絶対あるはずです。そういうものって、実際にすごいものそのものに触れないと忘れがちな気がします。反省。 「尊敬 」はあくまで 、コミュニケ ーションコストを下げ 、周囲の人々の成長をうながす 「ツ ール 」です 。(No.217)  尊敬に限らず、人との関係や立場全てに言えることかもしれません。尊敬されたいとか認められたいとか、そういうものは、その先にやりたいことがあった向こうの話。尊敬を得ること、認められること、それ自体が目的ではない。 安定なんて 、だいたいウソですし 。変化こそが面白いんですよ 、人生というのは 。(No.257) 安定を求めない、というのはイケダさんに限らずいろんな方が言っていますが、安定は停滞なんですよね。不安定なところから安定に向かっていく動きがおもしろいのですな。 続いて、「イケダハヤトはなぜ嫌われるのか?」から。 変な話ですが 、ぼくは人間には自由意志なんてものはないと考えています 。ぼくらは常に 「土壌 」の影響を受ける 「果実 」のようなものです 。あなたがすばらしい人間であるとしたら 、それ...

理解してほしいと思わなければすこし楽になるのかもしれない

大学の後輩さんたちがSNS上で、音大じゃない人に自分たちが何をしているのか勘違いされることが多い、それが嫌だ、という話をしていました。 私も、そういう葛藤に悩まされていた時期があり、理解されないことはしんどかった。 今はちょっと違って、相手の勘違いに腹を立てることは少なくなりました。 かといってそこで後輩たちに自論を展開してドン引きさせるのもどうかと思ったので、こうして文章として書くきっかけを後輩さんたちが与えてくれたことに感謝しつつ、ここに自分の考えを書いていきます。今思っていることです。 理解されないことってつらいけど、理解できない側はどういうものなのでしょう。 わたしは、自分が世界中のどんな出来事も即座に理解できるという自信はないです。 理解しようとすることって、少なくとも「共感」ではない限り、その人の考え方を変えたり、考え方の引き出しを増やしたり、新しい知識を身に付ける行為です。 わたしは、そもそも興味を持たないとそういうことができないです。 誤解しないでほしい、理解してほしい、と思うならまず興味を持ってもらわなければいけない。理解してほしいと思うなら、興味を持ってもらうこと、正しい知識を与えること、両方の労力をある程度はこちらで持つものではないのでしょうか。 だから、今は、さほどその人にとって大きな違いがわからないことがらで、勘違いされていても大きな問題がないことは、その場ではうなずくことにしています。何度か聞かれたり、質問されたりするときは、興味があるだろうと思うので、そういうときは少しずつ説明します。細かいところまで理解してほしいと思わなければ、誤解にぶつかってもさほどいらつくこともなく、ちょっと楽です。 それから、こうやって理解されない場面に出くわしたときは、自分も理解していないことが多いことに気が付くきっかけだと思うことにしています。理解されなくてもいいから理解しなくてもいいのではなく、自分も理解を広く、深く持ちたいものです。おわり

読書メモ / 為末大「諦める力」を読みました。

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こんにちは。今日もまた、kindleの読み放題のなかから、読書。 為末大さんの「諦める力」を読みました。 ざっくり、自分にどんな長所があるのか考えて、勝てる場所で戦えばいい、ということ。 ・夢中になってできる努力をするのがいいのであって苦しいのなら、それはただの苦行。それほど苦行を積んでも結果が出なかったしたら、もっとつらい。 ・人間は体や育ち方によって、はじめから得意なことが違うし、年齢が上がるにつれて、自然とできることの選択肢も狭まってくる。できないことが増えるということは、できることが深まるということでは。 ・他人の決めた価値観ではなく、自分の価値観で自分を測ってもいいんじゃないのか。 こうするよりこっちのほうがいいような気がする…みたいな、感情に振り回されることって多い。 頑張って続けているんだからあきらめない方がいい…、みたいなのは、結構ある。 上手な人が就職しようとしていると「あんなに頑張っていたのにもったいない!」みたいなことを言う人も、けっこういる。 でも結局は、自分の人生なんだから自分で決めるしかない。 自分がなにか得意だったり誇れることがあっても、世界トップレベルの人たちと比べて、自分なんかたいしたことないと決めてしまうのはどうなのか。そりゃ違うかもしれないけど、そこまで追いつくことだけが全てでもない。 諦めるという言葉がどうしてもマイナスイメージだから、諦めずにがんばるということが無条件に良しとされてしまう。 諦めるは、明らかにするということ。諦めずに頑張るのは違う。がむしゃらにやってればいいってことでもないよ。自分の得意なことをがんばろう。 ・・・ なんだか、元も子もないことなのかもしれないけど、最近本を読んだりしている人たちは、殆どの人が根本的には同じことを言っているような気がしてなりません。 他人の価値観や感情論に振り回されずに、自分の感情を頼りにする。 でも、客観的に(具体的に)自分を見て、改善する。夢中になれるほど努力する。 単に、こういうものが流行っているという時代なのかもしれないけれど。そうだったら、だんだん生きやすい時代になりそうですね。

読書メモ / ちきりん×梅原大吾「悩みどころと逃げどころ」を読みました

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ずいぶん前にですが、社会派ブロガーのちきりんさん、プロ格闘ゲーマーのウメハラさんの対談本「悩みどころと逃げどころ」を読みました。 kindleで買いました。何度も読み返していた本の紹介です。 学校教育について、学校のこういうところがいやだ、こういうことをやっても意味がない、学校がこうだったらいいのに、という議論が繰り広げられています。おもしろい。 こうして、同じだったり真逆だったりする意見をぶつけているのを読むのは、なかなか気持ち良いです。 おふたりが話していることについて、わたしもわたしなりの意見をここに書いていこうと思います。 主に、「そうだよね~」と手放しに共感するわけにもいかなかった部分をね! 先生の負け論について ちきりん 競争と言えば、ウメハラさんが授業中に寝てたのは、先生の負けなんだよね。 ウメハラ 先生の負け?なぜ?寝てたのは僕の責任でしょ? ちきりん そうでもないんですよ。だって授業っていうのは、子ども40人を前に先生という役者が劇を演じているようなものでしょ。もし劇場でお客さんが寝ちゃったら、おもしろくない芝居をした脚本家や役者のせいになる。なのに学校だと、寝てる子どもの方が悪いって話になる。おかしいと思いません? ウメハラ それは新しい発想ですね……。(no.530~533) ちきりんさんは、つまらん授業をする先生が悪いと言っているけれど、それはそうだと思う。塾の先生はつまらかったら生徒がいなくなるから常に競争にさらされている。だから、学校の先生もやるからには負けないように努力するべきだと。 おもしろい授業が出来ない理由ってなんなんだろう?と思ったのだけど、ひとつめは正直あまり勉強が大事にされてないんじゃないの?というところ。 私が中学生だったとき、私の学校であった先生方へのアンケートによると、学校で受験のための勉強をさせようという気持ちを持った先生はほとんどいなかった。たしかに全校生徒の殆どがどこかしら塾や予備校に行っていたから、勉強好きな子や頭のいい子はたくさんいた。 でも塾に通ってない子がそのアンケート結果を見て怒っていたことを今でもよく覚えている。学校は勉強をする場所じゃないのか!みたいな感じで。 先生が、学校は学校でしか体験できないこ...

読書メモ / イケダハヤトさんの本を三冊読みました

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イケダハヤトさんの本を読みました。 ちきりんさんの「ちきりんの日記の育て方」を読んだのもだいたい同じ理由ですが、わたしもブログを始めたのでブログをやっている人の本が読みたかったのです。といっても参考にする方向がちょっと違うかな? 読んだのは、この三冊。 「自分に自信がない人は、文字通り何をやってもダメだと思った話。」 「月130万円稼ぐ『初期投資ゼロのブログアフィリエイト』の手法をチラ見せします。」 「失敗を失敗と思わないための10の技術:完全主義をやめたいあなたへ」 どれもイケダさんがブログで実際に書いている口調や内容ほぼそのまま。ぎゅっと詰め込まれてる感じです。長さも短いので、さらっと読めます。 「自分に自信がない人は、文字通り何をやってもダメだと思った話。」   自信がないから続けられないんだよ!誰も最初から自信なんてないよ!自信がないから結果を求めちゃうけど結果なんてすぐ出るわけないよ!それでも自分を信じてやっていくんだよ!続けていくうちについていくものだし、結局自己暗示だよ!という本。 「月130万円稼ぐ『初期投資ゼロのブログアフィリエイト』の手法をチラ見せします。」   アイデアがたくさん載っています。ラクして稼げそうなことは一切書いてない。そりゃそうだわな。 たくさん記事を書いて、お金を出して勉強して、自分でも新しいことをどんどん試していこうね!という内容。超ストイック。 わたしのこのブログにAmazonアソシエイトのリンクを貼ってるし、広告を出して収入にすることには、確かに興味はある。でもこれを読んで「わたしがブログでやりたいことは、これではないなあ」と思えたので、これはこれでよしです。 「失敗を失敗と思わないための10の技術:完全主義をやめたいあなたへ」   失敗したからって落ち込むことないよ、もっと悪いことにならなかったから成功かもしれないし、よくあることかもしれないし、数年後には笑えるだろうし、ネタにもできるよ!という本。 イケダさんもたくさん失敗したと書いていて、それでも上手くいってる。むしろ、失敗したからこそ、上手くいく。失敗したからわかることもたくんある...

心の拠り所としての読書

ふと、自分は自分の信じたいことを書いてある本を読んで喜んでいるだけじゃないかということに気がついた。 本だけでなく、ネット上の文章でも同じで。 そして、遠からず近からず、似たようなことを言う人の本ばかり読んでいる。 そうやってなにか、「この人もこう言っているし」と考える材料にして、安心しようとしている。 いろいろな視点を持ちたいとは思っているけれど、あくまで自分の考えを補強してくれるものを選んでいる感じがする。 いろいろな人の本を読もうと思っていたけれど、それって、本当にたくさん読まなければいけなくて、果てしないなあ。 もともとたくさん読む方ではなく、同じ本を何度かたまに読み返すくらいだったので、身の回りにいた多読家の頭の中がどうなっているか気になる。読めばわかる?

読書メモ / 平井富雄「ストレスと自己コントロール」を読みました。

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平井富雄さんの「ストレスと自己コントロール」を読みました。 平井富雄さんは臨床の現場で医師として活躍する関わる傍ら、脳科学の世界でも活躍し、禅が脳にもたらす影響を科学的に立証した第一人者だとのこと。 本の前半では実際の症例を、後半ではどう心の健康を保つのかが書かれています。 さまざまな症例を、実際に出会った患者さんを例に挙げて説明していて、これはとてもわかりやすかったです。 また、心の健康の保ち方については禅に基づいたものが多いです。 1988年に出版されたものなので、話に出す例えなどにはちょっと古い部分もあります。 とはいえ、心の健康を保つ対策を見ると、本当に、最近ネットなどで見かける、ストレス対策的なものと殆ど同じなのです。 それはマインドフルネスがもてはやされているからなのか、それの出所をたどると平井さんにたどり着くからだとか理由はいろいろありそうですが、やはり根本的なところは変わらないのでしょうね。 引用や要約ではなく全文読むが吉だと思うのですが、やっぱりここで気に留まったことや気づいたことをちょっと引用しながら、私の思ったことなどを書いていきます。 人より先に行きたい 建物とかホテルとか、どこでもいいですが、エレベーターに乗ります。そうすると、日本ほどあのcloseというボタンをさっさと押す国民はいない。外国ではゆうゆうと待っています。だいいち、フランスの古いホテルのエレベーターには、そういうcloseなんかついていません。自動的に閉まるまでゆっくりと待ちます。日本人はついフッと押してしまう。人より早く上(または下)へ行きたい、つまり、競争原理が無意識に支配するあまり待てない、こういう心理になる。(p156) 競争に利点はある。競争があるから進化や成長ができる。でも、日本人は競争が激化しすぎではないか?というはなし。 外国ではエレベーターのボタンが効かないボタンがあるらしいということが、phaさん「持たない幸福論」にも書いてありました(その本の記事は こちら ですが、それについては言及していません)。ささいな面でも自分が支配したいと思う面もあるし、早く行きたいという気持ちもある。エレベーターひとつで急ぐ心が垣間見えるのがおもしろい。 で、たしかに日本のエレベーターはボタン...

読書メモ / 堀江貴文「多動力」を読みました

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堀江貴文さんの「多動力」を読みました。 多動力とは、一極集中ではなく、あちらもこちらも好奇心を持って手を付けていく力のこと。そういう人がこれからは生かされるとのこと。そうやって、あれこれ手を付けていることが強みだと。 堀江さんの本を読むのは初めてだったのでなかなか衝撃的でした。 この本も、私が気に留まったところを引用しながら思ったことなどを。 バランス教育 僕が思うに、日本の「バランス教育」は子どもの集中力と好奇心をそらすようにできている。よく大人になってから「好きなことが見つからない」「やりたいことが見当たらない」という人を見かけるが、ここに原因がある。子どもが一つのことに異様なほどハマると、周りの大人はドン引きして「お前大丈夫か」と揺り戻そうとする。せっかくサルのように集中しようとしている子どもの方に手をかけ、バランスが取れたつまらない人間に矯正しようとする。これでは、好奇心と集中力が育たない。 バランス教育と聞くとなんだか耳触りがよいけど、そうじゃない。バランスが取れたつまらない人間。 堀江さんはノーベル賞を取るような研究者たちとも対談をしてきたそうですが、みんなバランスを欠いた人間だったとのこと。 しかしたしかに、集中力って小さい子ならなおさら、楽しいことしか集中できないのですよね。楽しいことだったら授業中でもずっと取り組めるのに、とは思う。 今の学校は先生ひとりひとりの負担がとても大きくて、ひとりひとりに対応できない結果、バランス教育になってしまうとおもうのだけど。 そういう積み重なっている問題がなんとか改善されて取り組めることに夢中で取り組める学校になるとみんな生きやすいのにね。 人の時間を奪う 新幹線に乗っているときや道を歩いているときに、突然何の前触れもなく話しかけられるのも迷惑だ。僕はそういうとき、不快感を露わにする。「失礼なヤツだ」と思われても、知ったことではない。「堀江さんの本を読んですごく感動しました!ありがとうございます!」と言われても、「だから何?」としか言いようがない。そんなことは感想文としてアマゾンのレビューやツイッタ―にでも書いてくれれば済む話だし、わざわざ人の足を止めて伝えるべきことではない。自己満足の報告のために、「僕の時間」を...

読書メモ / pha「持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない」を読みました

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phaさんの「持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない」を読みました。 kindleのセールで、堀江貴文さんの「多動力」を、最近話題になっているっぽいので買ってみて(こちらはまだ読んでいない)、 この本はここ数日でphaさんの圧縮新聞だとか、ちきりんさんとの対談の記事を読んだりして、気になったので買いました。 ちょっといまいろいろなことがよくわからないので、どんどん本を読んでいこうと思っているところ。 この本は全体に口調がゆるくて、意気込まずに読めるので好きです。さらっと読めてしまった。 一貫して、みんないろいろなんだから、みんないろいろでもいいんじゃないか、というような感じ。 また今回もいいところを引用させていただいて、感想とかを書いていきたいと思います。 結果より過程 「やること」というのはそれをやること自体が「目的」であって、「手段」ではないのだと思う。そこを取り違えてしまうと、何年間も一生懸命頑張って目的を達成した途端に、次に何をやったらいいか全くわからなくなってしまって虚脱感に包まれるという、「燃え尽き」状態になってしまったりする。本当は「目的」はどうでもよくて、そこに至るまでの「過程」こそが大事だったのだ。 仕事をするというのは、お金をもらうための手段ではなく、それ自体が目的、という話。結果を残しても次から次へ新しいことに手を付けていく人は、自分の残した結果に執着することもなく、ただただその作業が楽しくて新しいことをやっているという。 phaさんも、大学受験の勉強は楽しんで受かった、ともおっしゃっているので、楽しくないことを無理して頑張る必要もない、楽しむことが先決、ということなのかな。 何かを得るために頑張る→結果を残す(目的達成)or失敗→もうがんばったからなあ or こんなにがんばったのになぁ(燃え尽き) 何かを得るために楽しむ→結果を残すor失敗(どちらも通過点)→後腐れなく別のことを始める etc...(あれも楽しかったよね) みたいな、そんなことなのかなあ。 結果より過程、というのはプロ格闘ゲーマーのウメハラさんの本にも、勝つことではなくそれまでの取り組みの方が大切だというようなことが度々書かれてるのですが、 ...

読書メモ / 猪原敬介「読書と言語能力 言葉の『用法』がもたらす学習効果」を読みました

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またまた、図書館で借りてきた本の紹介を。 猪原敬介さんの、「読書と言語能力 言葉の『用法』がもたらす学習効果」という本です。 さらさら目を通していただけなので、 はたしてこれ読みました!と言えるのか、というと言えない気もするのですけど。 この本は、猪原敬介さんの大学院博士論文を加筆したものです。 読書をすることはいいことだとされているけれど、なんで?じゃあ何を読ませたらいいの?という研究です。 この本は学校教員や保育士など、専門家でない人が読むことも想定して書かれています。 なので、初めて聞くような言葉の説明や例えも、丁寧でわかりやすいです。 しかし私は学校の先生でもないし、専門家でもない人なので、 私のこの記事を読んでも本の内容については殆ど参考にならないことでしょう。 すみません。 読書は役に立つ? 結論だけ抜き出して要約していいのかわからないけど、要約。 読書は言語力を伸ばすために役に立つが、誰が何を読んでも効果的なわけではない。 バランスのとれた言語力がある上で、本人の理解できる範囲のものを読むといい。 (言語能力においてアンバランスなところ、何らかの理由で言葉が上手く使えないときは、読書以前のサポートが必要。読み聞かせも有用かもしれない) 読書は主観的体験を楽しむものであり、それに加えてたくさんの単語と触れ合う機会ともなる。 知らない単語に触れることができ、すでに知っている単語の新しい使い方も増える。 *** あとはこの本の内容の向かうところに関係なく、目に留まったことを抜き出していきます。 「直接的教授」と「用法に基づく学習」(p80~81) 語彙を増やすためには、こんなふたつの手段が考えられる。 直接的教授は、言葉そのままの意味で、親や先生から意味を教えてもらうこと。 用法に基づく学習は、周りの人がどう使うか、によって、その使い方を学ぶこと。 読書をすると、用法に基づく学習がされると説明がつく。 とのこと。 これ、が気になったのは、外国人のための外国語教育に思い当るところがあったからです。 本当にわからない単語はもちろん調べるのですが、日本語にない表現のものはを理解するのは、用法に基づく学習だな...