季節限定が好きなのは女の子だけみたいな言い方しやがって

1月1日ですね。
お蕎麦を食べること以外、年末らしいことを特に何もしないまま、新年を迎えました。

大晦日は、2017年を振り返る気も起きず、ブログを書く気にもなれず、新年の抱負を語る気にもなれず、ただいつも通りの一日でした。スーパーへ買い物に行き、家賃をおろし、洗い物を片付けて。朝は家族と長電話をしました。
特別だったのは、日本にいる友人と、日本の年越しからフランスの年越しまで喋りあかしたことくらいです。年末らしくはないけれど。

フランスの人々にとって、クリスマスを祝うことは特別なことのようです。でも、年末年始に特別なお祝いごとはないようで、さみしいです。
そもそもこの国には、季節を感じる特別な食べ物というものは、日本ほどないような気がします。

スーパーでは12月はブッシュドノエルが陳列され、それが終わればガレットデロワが並びます。バレンタインが近づけば赤いパッケージのチョコレートが並び、4月が近づけばウサギ型や卵型のチョコレートが大量に入荷されます。でも、本当にその程度なのです。

それに比べて日本は、季節の食べ物が多すぎやしませんか。
年始におせちを食べ、2月は恵方巻きを食べ、3月はひなあられを、5月は粽を。
11月、ボジョレーヌーヴォーの解禁に燃えるのも、主に日本人です。そう思うと、10月にかぼちゃ味のメニューが根付くことだって、なんだか納得ですよね。

日本ほど、一年を通して料理や食べ物で四季を感じる文化はないのかもしれません。目にすること、触れることで、移り変わる季節をより意識して、濃くさせているように感じます。

わたしにとって、ある年とその次の年の境目を跨ぐことの特別感は、年々薄れていくばかりです。お蕎麦を食べることで、なんとか年末だという気持ちにさせ、お雑煮とお赤飯を食べることで、なんとかお祝いをする気持ちにさせました。特別な食べ物を食べることは、変わらない毎日に、色を付けるための手段なのでしょう。

みなさま、旧年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。