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10月27~28日、Twitterに投稿した動画のまとめ

Acapellaというアプリで多重録音をはじめました。 https://www.mixcord.co/partners/acapella.html 動画を撮れて、録音できて、アップロードまで、スマホひとつでできちゃうの本当にすごい。 (とはいっても、Twitterにアップするのはパソコンを使っているんですよね、あわよくばもうひと手間省きたい。) 本当は春先に聞き取りをしたカルテットの楽譜を自分で再現したくて、このアプリをダウンロードしたのですが、肝心の楽譜が見当たらず…。せっかくだから何か録音したくて、手元にある楽譜をなんでもを引っ張り出して、録音していました。 無料では最大1分しか録音できません。でも、ほんの1分の録音でも自分の満足のいくクオリティで録音するのって、とても難しいのです。なにせ、このアプリでは切り貼りの編集ができないので、一か所でも間違えたらそのパートは撮り直しです。 やり直しの効かない感じが、習字みたいでおもしろいです。習字も、どこかで妥協しなければ提出できないし、いいものを書きたければ、基礎を見直さなければいけないわけで。   公の場に自分の演奏を載せていくのは、下手がばれるし、著作権の問題もあるし、あまりやらないほうがいいのかもしれないのですが、今のところ拡散力も皆無なので何も言われることはないだろうと。誰かに言われたらやめます。 後々見たときに成長が感じられたらおもしろいだろうな、と思うので、これからも続けます。そういうからには成長したいです。現にぐちゃぐちゃな音程を何とかしたいと思っているし、試行錯誤です。何事も試行錯誤で前に進んでいくものです。  そういう感じなので、今後もちょっとずつやっていきます。 おわり。以下セルフまとめです。  これはみいつけた!さんでぃという、みいつけた!の日曜日のオープニング曲で、 音痴 pic.twitter.com/JGLuQMobmu — SaeONO (@biiibibi3jpn) 2017年10月27日 これはDreams come trueの、何度でも。 これ自分が大学1年生のときに本番でドリカムメドレーの真ん中に挟んだやつなのですが、音域飛びまくったりかぶりまくったりしてるしすごく吹きにくいので苦笑いし...

悩み事を人に相談すると、解決したような気分になってしまう、でもそうじゃないんだよ本当は

別に誰かへのお説教じゃなくて9割私信で、のこりの1割だけわたしの友人へ。 ああどうしよう、ああ、どうしよう…どうしよう… って思っているときって、結構あるんですけど、悩んでいる事柄を書きだして、見えるようにしていくと、案外大したことなかったりしませんか。一つ一つ分解していけば、解決できるかもしれないし。モノの見方を変えたら、乗り越えられることもある。 思っていることをはっきりさせて、自分ですっきりさせれば、案外大丈夫。 感情に流されないことは難しいけれど、流れをせき止めない限り永遠に流されていくものです。 悩みを相談して解決した気分になるときは、相談をきいてくれる人に話すことで、ごちゃごちゃに絡まった事柄をまとめたりできる、ということだとおもいます。 もちろん、本当に解決するためのアイデアをもらえることもあります。けれど、それは自分の中で絡まった事柄をほどいた、その先の話なのです。 わたしに相談を投げかけてくださる方が、たまにいらっしゃるのですが、そこで解決するのは、わたしのおかげでもなんでもないんですよ。相談しているとみせかけて、自分で解決しているだけなんです。あなたつよいよ、本当に。

やる気対策に、アプリの活用をば

やらない日が続くほど体力もなくなるし、だからやっぱりやる気とか関係ないんですよね。(という過去の記事は ここ ) でももう、やる気がないというか、もう楽器を持つと泣くほど悲しくなるという、わたしは子供かいと思うような状況だったんですけど、やる気とかやる気じゃないとか言葉遊びをしていないでとにかくやれる状況を作れそうだったので、その話。   昨日(2017年10月23日)からこれをやっていて、また後日やってみて工夫した点とかを書きたいと思います。   日課管理ゲームアプリと、勉強時間管理アプリ。 https://habitica.com/ Habiticaはこのブログで何度か書いているのですが、日課をチェックすることで自分のアバター(キャラクター)が成長していくゲームです。ゲームと言っているけれどその実態はTo doリストです。 わたしが、朝、布団から出られないときって、大抵嫌な夢を見たときなんです。 だから、起きたら即夢を日記にメモして、Habiticaを開いて夢の日記を書くという項目に、チェックをする。そのまま、Habiticaを見ながら朝のルーティンワークをする。 朝のルーティンには、朝ご飯とか、着替えるとか、瞑想とかライダウンとかが入っていて、何も考えなくてもそれをこなせば、順調に一日が始められる仕組み。 ここに、昨日からストレッチを加えています。 「頭でごちゃごちゃ考えずに、とにかく体を動かす」 ができるように、意識してみました。 Habiticaは経験値がたまっていくのが楽しいし、日課をやらないとダメージを受けて死ぬので、それを避けたい。成長したい+死にたくない、というのがモチベーションになっています。 勉強時間管理アプリStudyplus https://studyplus.jp/ Studyplusを昨日から使い始めました。勉強時間を記録して、共有するSNSです。これ、胡散臭そうだと思って無視していたんですけど、使ってみたら案外おもしろいのです。 Studyplus (スタディプラス)は学習する人が集まる総合プラットフォームです。あなたも Studyplus を使って学習内容を可視化しませんか? …とのことなのですが、わたしは友達がいないので、単純に記録のために使っています。...

思考停止とノスタルジー

昔から、友達が聞いていた曲、勧められた曲を聴いて好きになることが多かった。自分で探して聴いて夢中になるほど好きになる曲は少なくて、そんなところも個性がないから自分はだめなんだ、とか思ったり、個性的であろうとする手段として音楽の趣味があったし、何かを好きであるということは自分の個性だと思っていたから、個性がない自分が嫌だったけど、個性がないのは今でもそうだけど、それは何を個性と思うかなのでまた別問題なんですけどね。 だから好きな曲があっても、それを勧めてくれた人、一緒に聴いていた人、そのときの匂い、天気とか、そういうものを思い出して。新しいものを探さなくても、勉強をしなくても、自分の心地よいところを探ろうと思えばどんどん出てくるし、そういうノスタルジーに浸ってしまって、何も手につかない。 思い出って頑張らなくてもそれだけでおいしい陳列されたお菓子みたいなもので、多少ならともかく大量に食べていれば確実に胃もたれする。 今日は本当に、思い出というバーチャルなお菓子と、実物のお菓子を摂りすぎて、今日を何年も続けたら確実にすぐ死ぬって体が言っているような気がする。バランスよく食べて適度に運動する、というのは知識や思考においても同じことが言えるはずだ。 ちょっと前に初音ミク10周年で盛り上がってのも、そうなっちゃうのが嫌で見なかった。わたしがそういうヲタク文化にどっぷりはまったのはほんの数年のことで、ニワカだし黙っておこう、みたいな気持ちもあった。 そのくせに、ふと思い立ってニコニコ動画にログインして、わたしがボーカロイド(以下ボカロ)を聴いていたころの、当時のボカロの音楽を聴いている。カラフルな文字の弾幕が流れたり、タグでどんどん飛んで行ける、この感じが懐かしい。コメント職人さんはとうの昔に流れていなくなってしまった。誰かが一緒に見てる、一緒に盛り上げてる、って感じが楽しかったんだな、と初めて分かった。 それがだいたい10年前だった。中学生だったし、当時ボカロやアニソンが好きだったし、ロックが好きだったし、カラオケが好きで、カラオケに行って選曲で推定年齢を出してくれる機能があったけれど13歳が歌っているのに23歳と出たりした。それが今ではその年齢になってしまったのに、その年代の曲は歌わなくなってしまった。23歳になれば何歳の曲を歌うようになるかなんて考えた...

トイレの個室にブラシ常備、の国。

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小学生の頃、「学校のトイレが汚いので気をつけて使おう」ということを先生がみんなに言っていました。 その頃は、男子トイレの小便器に大便が放置されていたり、そういう珍事件があったからこそ、先生が言っていたのです。 それは意図的で特殊な例ですが、どう頑張ったって汚れることもあるじゃないですか。気をつけたところで本当に汚さないかどうかなんて、予想できないですから。 水を流してもなお汚れたままの便器を放置して個室から出る勇気、なかなかのものです。それで「汚れたから掃除道具を取りに行こうとしている人を冷やかしてはいけない」みたいなことをまた先生が言ったり。 公共施設でもお店でも「このトイレは皆様の協力により清潔に保たれています」「綺麗にお使いいただきありがとうございます」みたいなの多いですよね。 でも、協力しても感謝してもトイレは汚れるんですよ。 さて、フランスに来て感動したのは、大抵トイレの個室にブラシが設置してあるということです。 学校でも。 わたしの学校のトイレなんですが、学校はだいたいどこでもこんな感じです。 自分が汚したことがバレるのは恥ずかしいし、こうやって手軽に掃除できるようにしておくと、気持ちが楽です。掃除の担当の人も楽ですよね。 汚れることが前提になっている場所なので、最終的にきれいにもどればいいのです。 こういう発想、日本でもぜひ取り入れてほしいです。 これはPhilharmonie de Parisのトイレ。おしゃれに設置することも可能なのです

10月19日はパリ管弦楽団を聴きに。

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パリ管弦楽団を聴きに行きました。なんておいしいプログラム。とてもよかった。 pic.twitter.com/Uyd34ga4Uc — Sae ONO (@biiibibi3jpn) 2017年10月19日 ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲 シュミット:組曲「サロメの悲劇」 プロコフィエフ:組曲「ロメオとジュリエット」Op.64TER ラヴェル:ボレロ …というプログラムだったので、急きょ授業をさぼって聴きに行くことにしました。 大学生の頃ここに一度来た以来のパリ管です。留学し始めてからは初めて。二年目なのに! 不勉強なのでサックスのソリストさんがどなたかわからなかったです。あわよくば書いておいてほしい情報。 後半、ロメオとジュリエットからボレロへ、余韻すら待たずに曲が切り替わっていったのですが、それがもう、たまらなくすてきでした。 曲中でも咳をしている人が多かったのですが、ロメオとジュリエットが終わるころには誰も咳なんてできなかったし、ボレロのスネアが聞こえ始めた瞬間からスネアの音しか聞こえなかった。 すごい。こういうの、大好きなんですよ。音を発しない人も音楽を作っているかのような、空間や時間が。

「べき」がしんどい

こうあるべき、こうするべき、って言い方って疲れませんか。溢れる義務感。極端な場合は、当てはまらない自分を否定するような気持ちにもなります。たかが言葉されど言葉。もう少し物腰柔らかな言い方でもいいと思うんですけど、どうなんでしょう。 べき、という言い方を使うとき、助言と注意の二つの使い方がある、と思っています。 助言のほうの場合、その人が自分の経験を共有しようと思って、発せられたものです。だからその人の場合であって、必ずしも全員に適応されることでもないです。 注意の場合、危ないとか、死ぬかもしれないとか、単によくないとか、そういうものは「べき」が適していると思います。でも、命にかかわることでないかぎり、その二つの境界線はすごく曖昧です。 助言はすばらしいです、どんどん共有してほしいです。参考になります。でも、あるべき論を盛大に振りかざして、危機感を煽るのもよくない、ともと思います。そういう危機感で擦り減っていくのは、べきを使う人、言われる人、両方だと思います。 みんなもっと後悔してもいいと思います。失敗してもいいと思います。バカみたいな失敗が怖くて恥ずかしいから、あるべき論に縛られるくらいなら、あるべき姿なんて知らなくていいとすら思います。多様性ってそうやってじわじわ広がるものだと思うのです。「どこかに正しい姿があって、それが素晴らしい」みたいなの、これからどんどんなくなっていくはず。 かといって「○○すべき」という言い方をこの世から取り除くことも、たぶん無理です。だいたい、べき、べき、という人の助言は有益なことが多いのです。だから、自分の受け取りかたを変えるのが手っ取り早いのです。 誰かからべき論を受け取ったときに、それが助言なのか注意なのか、選り分けていく。注意は肝に銘じて、助言は言葉を置き換えてみる。そうすることで、自己否定から、自分を守れるような気がします。些細なことですが、言葉の積み重ねは、なかなか侮れません。